音楽とタロットと。

音楽とタロットと。

こんにちは!
なぎやきょうこです。

私は5歳になるちょっと前から
ピアノを習い始めました。

誰に言われたたわけでもなく、
何に憧れたわけでもないのです。

親の意見や許しもないまま、
ひとりで近所のピアノの先生の家のドアをたたき、
「ワタシ、ピアノ習いに来ます」と、宣言したというエピソード。

何百回と聞かされたものでした。

その後音大でバリバリピアノを弾いて。
その達者さの度合いで、自分の演奏に点がつき。

ピアノの腕 = 人としての価値

みたいな青春時代を送りました。

ピアノの腕は今一つでしたが、
音楽をこれでもか、と浴び続ける生活は悪いものではなく。

多感な時期もそれなりに充実して過ごすことができたのは、
私の場合「音楽と共にあった」ことが、とても大きいと思っています。

音楽鑑賞の授業ってどうでした?

ジャンルを問わず音楽は、
人の感情にダイレクトに刺さります。

そこで起こる、まるで化学反応のような気持ちの動きは
何の計画も作為的目的もないもの、自然発生するものです。

音楽がもたらすその情動を「言葉で説明してください」と、言われること。
それは私にとって、とても苦痛なことでした。

それって、アレです。
「課題曲を聴いた感想を書きなさい」
っていうやつです。

自分が感じた何かは確かにある。
でもそれを「言葉」にしたとたん、
それはなんだか「違うもの」になってしまうのです。

「非言語」に逃げない。

音楽を聴いて感じたこと。
それを言葉にしたとたん、嘘くさいものになる。

それって今の私にとっては
タロットのリーディングの際にも感じることです。

タロットカードに描かれているのは、
抽象的世界観。

それを具体的なテーマに沿った形に落としこむには、
やはり「言葉の力」を借りないわけにはいかないのです。

自分の悩みが「そもそも」どこから発生しているのか。

タロットカードを一枚選び、
たまたま現れたそのカードを発端にして
自分のことを考える。

「余計なこと」に気を取られがちな私が
自分のために行っていたワークを他の方にも試していただいたのが
先日開催した「なんとなくリーディングは卒業!タロットミニワークショップ」
でした。

「イメージでー」とか
「直観でー」とか、
そういうリーディングは絶対に許されないワーク。

「感じたもの」は、とことん、「言葉」に落としこみます。

「非言語」に逃げることは許しません。

という、私自身の課題をそのまま入れ込んだワークです。

脳みそに汗かくけど、
今日、今、これからすぐに試したくなることが浮上してくるような
ワークを、今回のお茶会では体験していただきました。

ワークの内容…
明日はもう少し詳しくお話ししたいと思っています。

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