「お金のブロック」っていう言い訳、いい加減やめません?

「お金のブロック」っていう言い訳、いい加減やめません?

こんにちは。
なぎやきょうこです。

「生きづらさを感じている」

この言葉、よく聞きますよね。

でも
「生きづらさなんてないです」
っていう人、みたことありますか?

「わたし、生きるの楽だわー」って言っている人に
出会うことってあるんでしょうか。

 

誰だって「生きづらく」ないですか?

人にはそれぞれ、
独特の「感性」があります。

何に触れた時、心が動くか。
「深いところでの心」が動くか、を
「感性」といっていいのかもしれませんし、

これはもしかすると
「琴線に響く」という言い方が
正しいかもしれません。

これが「感性」です。

それをもし、共有できる人に出会ったなら、
それこそ、心が震えます。

そこにあるものは
「喜び」と呼ばれるものでしょう。

でも、それを感じられることって
とてもまれなことではないでしょうか。

「自分をわかってもらえる」喜びがないことを
わたしたちは、
「生きづらい」という言葉に置き換えていないでしょうか。

 

わたしの「感性」についてこられる人だけ、来てちょーだい。

自分は「これ」が好き。
「これ」ウケる。
これに「魂が震える」

「こんなワタシに共鳴する人、集まって」

みたいな、ビジネス手法、
いわゆる「スピリチュアル系」によくみかけませんか?

そして、そこから、
何かしらの「経済活動につながるよ」的な
甘い薬をまき散らすような。

それ、ダメなんで。

「仕事する」
「経済活動を始める」
「社会的な立ち位置をつくる」

これを考えるなら、
自分の頭で汗かいて、
自分の頭の中にある「言葉」をひねり出し、
「自分の慣れ親しんだ場所」以外に説明することが必要です。

「そんな言語力ないです。」
「心理的ブロックが…」

だったらそれを
「どうやって克服するか」を考え、
その結果をためしてみればいいだけです。

「自分語り」で経済活動ってできますかね?

「セラピストとして起業したい」
「週末セラピストから脱皮したい」

このようにおっしゃる方が、
わたしのところにいらっしゃいます。

「しっかりしたセラピースキル」を
お持ちでありながら
「その世界」で経済活動ができない方々です。

自分のスキルを
「社会的に役立つもの」として打ち出すためにはどうしたらよいか。
セッションでは一緒に頭をひねります。

自分ひとりでは、考えが偏る。
だから「フラット思考メソッド」を受けてくださるのです。

迷いの整理、
思考の整理、
色々、お手伝いさせてはいただきますが。

自分のスキルをもって、
自分で仕事をしてくなら
「自分で自分を売る」しかないです。

「生きづらいです」なんて言っているセラピストに
お客さまが来ると思いますか?

「お金のブロックが…」

それって、自分のスキル不足に対する
言い訳じゃないですかね?

「セラピストとして自立する。食っていく」ことを
本気で考えるなら、そんなところで言い訳しているなんて
不毛じゃないかなって思うんです。

「生きづらさの痛み」を、
「わかってもらって」癒すか、自身でアウトプットすることで癒すか。

どちらを選ぶか、一度考えてみませんか。

「自分自身が救われたので、この道で仕事をしたい」
と、考えるならば、

「社会に向かって」それなりの説明をする、
必要があると思うんです。

「自分自身の経験」をいくら熱く語ったところで
そこに共感するのは「お友だち」以外の誰でもありません。

「こんな私をわかって」発信をいくらしたところで、
それは経済活動にはつながりません。


それでは「食っていけない」ということです。

「こんな経験をした私が」
「こんなスキルを持って」
「こんな風にあなたのお役に立てます」

これをきちんと伝わる言葉で
説明しなくては「仕事」は来ませんよ。

「お金のブロックがあるから、お客さまに請求できない」って
本気で思っているなら、違う仕事を選んだ方がいいと思います。

その「ブロック」は、外せばいいものではなくて、
そもそも「やめとけ」っていうサインなのですから。

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